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新・日本のやさしい化粧文化史

古代、化粧のはじまりから美白ブームの平成まで、日本の化粧の歴史・文化を辿るコンテンツです。

第1回 日本の化粧文化の歴史

1、色を使った化粧のはじまり、赤い顔料を施した埴輪(年代不明)

2、日本独自の化粧様式が確立された、江戸時代の化粧

3、近代化粧がスタートした明治時代、洋装の女性

1、「女子」高崎市保渡田Z遺跡出土/かみつけの里博物館蔵
2、美艶仙女香/溪斎英泉 1815〜42年頃
3、絵葉書に写された洋装の女性/明治時代

毎日の生活にかかせないスキンケアやメークといった化粧。その起源は古く、人類が文化を持ち始めたときまでさかのぼることができます。
日本の化粧文化も日本列島に人々が住み始めたときを起源に、時代による社会や生活の変遷、世界観や美意識の変化とともに、意味や表現を変え続けてきました。
このシリーズでは化粧文化の歴史を大きく「原始化粧」「伝統化粧」「近代化粧」の3つの期に分けてたどります。

原始化粧とは、旧石器時代から縄文、弥生、古墳時代のころまでに日本人が行っていたであろう化粧をさします。
当時の化粧とは、川や泉の水で肌を洗ったり、暑さや寒さから肌を守るため、獣の脂を塗ったりしていたことが推測されます。こうしたスキンケアにあたる行為に対し、色を使ったメークに該当する行為のはじまりが確認できるのは3世紀の終わりの古墳時代のことです。

次に伝統化粧とは、飛鳥・奈良時代から江戸時代までの化粧をさします。6世紀後半に中国大陸から、国の統治体制や仏教とともに大陸文化が伝来し、化粧法や化粧品も一緒に日本に入ってきました。当初は中国大陸風であった化粧ですが、平安時代以降には日本の美意識に沿った化粧文化が育まれ、江戸時代には日本独自の化粧様式が確立しています。

3つ目の近代化粧とは、明治時代以降から現代までの化粧をさします。
明治維新の欧化政策によって、ファッションも欧米流の洋装へと転換が図られ、化粧も欧米流の化粧・美容が流入し、日本人の美意識を大きく変えていきました。そして大正、昭和へと時代が進むに従い、装い・化粧・美容は、欧米の真似は日本流に消化され、日本人に合うものへと進化し続けて現在に至っています。

新・日本のやさしい化粧文化史では、大きく3つの期を軸に、時代ごとにどのような化粧・美容が行われてきたのかを社会、生活、美意識の変化とともにたどります。化粧文化の歴史から、今の私たちの化粧の背景にある文化の奥行きを見つめてみたいと思います。

次回は、いよいよ原始化粧、化粧のはじまりに迫ります。
3月12日更新、お楽しみに!

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