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新・日本のやさしい化粧文化史

古代、化粧のはじまりから美白ブームの平成まで、日本の化粧の歴史・文化を辿るコンテンツです。

第37回 近代化粧の進展期 大正時代−1 美しさを自己表現する化粧へ<変わる化粧意識>

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女事務員 三越に於ける電話交換手「職業婦人」というライフスタイルが生まれた。/「婦人画報」大正2年

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京橋銀座カフェライオンの女給。/「婦人画報」大正2年

今回は、大正時代に生まれた化粧意識の大きな変化について、少し詳しく見てみましょう。新しい生き方にチャレンジし、社会進出を果たした大正の女性たち。そうした近代的女性たちは、どのように近代化へ変革する化粧や美意識に向き合い、自分の美しさを表現していったのでしょうか。 今回は「女性の新ライフスタイルに変わる化粧意識」についてです。

【1. 都市女性の新ライフスタイル】

大正時代は、明治時代に入ってきた欧米文化が一般庶民にまで広がりを見せます。「大正ロマン」といわれる文化的風潮、「和洋折衷」という生活スタイル、新中間層と呼ばれるサラリーマンが主役の「大衆文化」の時代でした。
こうした社会潮流中で、「職業婦人」という新ライフスタイルが発生します。事務員、女給、デパートの店員、バスガール、電話交換手など様々な一般女性の職業が増えて、女性の活動の場は、家庭の外へと広がっています。
この頃、刊行された女性雑誌『婦人世界』には、「婦人新職業案内」が連載されて、女歯科医や教員などになるための方法が紹介されています。この記事からも、この時期、一般女性が就職し働くことが社会に認められるようになっていたことがわかります。「職業婦人」となり経済力と社会生活を得た女性層は、女性文化創出の原動力となっていきます。
新しい女性文化に注目すると大正時代は、映画が興隆しスター女優が誕生。消費シーンではデパートが目覚しく発展しています。江戸時代創業の三越呉服店は大正3年にルネサンス様式の鉄筋5階建てでエレベーターやエスカレーターを備えた近代的店舗を落成。「今日は帝劇、明日は三越」という広告コピーは、当時の女性に文化を希求させる流行語となっています。流行の服や高級雑貨、日用品まで品揃えしたデパートは、生活に夢を描いた女性に向けて、文化生活を展示し、願いを手に入れる場となって急成長していきます。
そして、化粧やファッションもこの時代の様相とシンクロしながら進展していきます。

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