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新・日本のやさしい化粧文化史

古代、化粧のはじまりから美白ブームの平成まで、日本の化粧の歴史・文化を辿るコンテンツです。

第39回 近代化粧の進展期 大正時代−3 美しさを自己表現する化粧へ<続々と発売されるメークアップ化粧品>

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左:高まる女性の化粧意識にあわせて次々と化粧品を発売した/クラブ堂ビル化粧品ポスター(中山太陽堂)
右:和風コンパクト2種、携帯用化粧道具コンパクトが使用されるようになったのもこの頃。/大正時代

自分たちに合ったよそおいを模索しはじめた大正時代。女性たちは都市化や西洋化がすすむ新時代と足並みをそろえるように、近代的な女性美の表現を追い求めていきます。職業婦人などの活動的で自立した女性たちは美しさを自己表現するために、「化粧・ヘアスタイル・ファッション」の変化や流行を積極的に取り入れていきます。
では、大正時代の化粧品はどのように進化していったのでしょうか。今回はメークアップ化粧品についてお話しましょう。

【1.白粉はバリエーション豊富に】

当時のメークの基本は、「白粉を塗った後、ポイントメークとして眉墨で眉を描き、唇に紅を付ける」というものでした。この3ステップの中で、最も進化し、新しいメーク法が生み出されたのは白粉です。 「普通の化粧」「厚化粧」「薄化粧」「粉化粧」「早化粧」など、白粉化粧の方法がいろいろと提案されるようになると、白粉は、“なりたい仕上がりを叶える”タイプへと種類豊富になっていきます。
それまでの練白粉、水白粉、粉白粉に加えて、固練白粉、クリーム白粉、水を含んだ海綿でつける海綿白粉、携帯用・化粧直し用とされた紙白粉などの新タイプが続々と登場。また、この時期、画期的なことが起こりました。それは、色味が白、黄色、肉黄色、ばら色、牡丹色、緑色、紫色の七色粉白粉や色つきの水白粉が発売されて、色白の人はばら色や牡丹色、色黒の人は肉黄色や紫色などと肌の色によって使い分けることが出来るようになります。女性たちは自分の肌色を自覚して、自分に合った色味やタイプを選んでメークするようになります。白粉の色味についても本格的な多色化がはじまりました。

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レート白粉/昭和3年

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クラブはき白粉/大正〜昭和時代

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レート固練白粉/大正時代

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レート紙白粉/昭和3年

さらに、現代には欠かせない化粧道具、オフィスや外出先でも手軽に化粧直しができるコンパクトが使用されるようになったのもこのころ。特に欧米からの輸入コンパクトは、機能性も良く、アクセサリーになる美しさで一般女性たちの憧れでした。

この時代のメークアップ状況からは、自分にあったタイプを選んで使うことに化粧意識の高まりを感じることができ、さらに外出機会の増加で愛用された化粧直し用品やコンパクト容器という今の化粧品機能のさきがけを見ることができます。

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