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新・日本のやさしい化粧文化史

古代、化粧のはじまりから美白ブームの平成まで、日本の化粧の歴史・文化を辿るコンテンツです。

第40回 近代化粧の進展期 大正時代−5 美しさを自己表現する化粧へ<進化するスキンケア化粧品>

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当時の洗面・化粧風景/『御園のおもかげ』大正12年

都市化、近代化が進む中、さまざまな仕事に就くなど新しいライフスタイルにマッチしたメークアップ化粧品が発売され、大正女性たちは、自分らしい美しさや流行を自由に楽しむようになっていきます。もちろん、メークの仕上がりを左右するスキンケアも同時に再認識され進化していきます。女性雑誌や美容本では、季節や年齢、肌タイプに応じたケア方法などの特集が掲載され、美容家による専門的なアドバイスや新商品も次々と紹介されています。今回は大正時代のスキンケア化粧品について、お話しましょう。

【1.洗顔は「糠・洗粉と石鹸」が共存】

石鹸は、明治時代とても高価で庶民の手には届かないものでした。しかし大正時代になって、国産でも安価で質の良いものが作られるようになり、石鹸の使用が少しずつ一般に浸透していきます。
女性雑誌『婦人世界』(大正3年1月号)に、婦人35人に対して「洗顔、洗髪には何を使うか」というアンケートがあります。掲載された調査結果では、洗顔料は、石鹸15人、洗粉(あらいこ)14人、糠(ぬか)12人でした。このことから、石鹸使用者は徐々に増えていく過程であって、まだまだ洗粉や糠など従来の洗顔料も支持されていたことが分かります。
当時の美容本(『正しい化粧と着付』遠藤波津子著)に「泡立てて、手でそっとお洗ひなさい」とあるように、石鹸は泡で肌を刺激せずに洗うという、それまでの糠や洗粉を使った磨き洗いとは違う、全く新しい洗顔法として提唱されています。しかし、商品によっては品質が悪いものがあって肌を傷めたり、また、長い間慣れ親しんだ洗顔習慣を直ぐに変える事がむずかしいということもあって、石鹸は受け入れられていく途中であったようです。現在では当たり前になった泡洗顔ですが、当時は最先端の美容法だったのですね。

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レートフード「ほんのり色白くなる」広告コピーで話題となった/平尾賛平商店 大正4年

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ホーカー液 商品容器/堀越嘉太郎商店 大正〜昭和時代

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ホーカー液 看板「キメ細かに色白くなる」コピーが分かる/堀越嘉太郎商店大正時代

【2.化粧水は多機能で「美白」効果も登場】

美容やファッションに対して『簡単で機能的なこと』を望む女性たちの期待に応えるように、化粧水やクリームの種類も増えています。
化粧水は多機能の万能スキンケア品として、明治より引き続いた用途の白粉下、美肌、美顔術拭き取り、肌ケアなどに使われていました。大正になると品揃えが増えますが、その中で発売された「ホーカー液」や「レートフード」は、“ほんのりと色を白く艶を出す”という自然な美白効果を謳って大人気となっています。「色が白くなる」とう機能をプラスしたものが登場したのです。化粧水はクリームと同様に素肌を美しく整えるため、かつ、白粉下にも便利なものとして女性たちに愛用されていきます。

新発売の商品は、さまざまな宣伝文句でアピールされています。
「白粉が思ひのままにつく、東京で一番よく売れる美人となる化粧料」、「白羽二重の如く白く滑らかな自然の美を現わし、白粉下、白粉のとき水によい」というのは「ホーカー液」、「顔色を活々とし、肌のアレを防ぎ、白粉下、とき水、白粉おさえによい」は「美顔ユーマー」でした。
注目は、堀越嘉太郎商店が発売した「ホーカー液」の宣伝。当時流行った「カチューシャの唄」に便乗して、この唄の替え歌を採用。「カチューシャ可愛いや 化粧のききめ、広いみくにの外までも 高い香りの ララホーカー液」という歌詞の広告を全国の新聞に掲載しています。初期のコマーシャル・ソングとタイアップ広告効果で商品も大ヒットしました。ほかの人気化粧水には、「美顔水」「レートフード」「ヘチマコロン」「キウリ水」などもありました。

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