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新・日本のやさしい化粧文化史

古代、化粧のはじまりから美白ブームの平成まで、日本の化粧の歴史・文化を辿るコンテンツです。

第42回 昭和時代〔戦前〕-1 自由に個性美を表現する化粧へ<おしゃれを楽しむ時代>

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都会では時代の最先端をいく「モダンガール」と呼ばれる女性達が登場。髪は短く切ったショートボブが特徴的で、最新のスタイルで銀座の街を歩き、一躍注目の的となった。/『婦人世界』大正15年8月号

第一次世界大戦、関東大震災などを経験しながらも、日本の近代化は大正から昭和へ着実に歩みを進めていきました。女性の新しいライフスタイルである「職業婦人」たちは、女子教育の高まりや経済の発展とともに増加し、活躍の場を広げていきます。昭和時代に入ってからの近代女性像は、はじめは大正期の文化や先進女性の姿を引き継ぐかたちで進展しています。
そのような中、都会では「モダンガール」と呼ばれる時代の最先端をいく女性たちが登場。髪を短く切ったショートボブが斬新な特徴でした。大胆な柄の着物を着こなしたり、クロッシュという釣鐘型の帽子に、ワンピースやスカート、ハンドバッグといった最新のファッションで銀座の街を歩く姿は一躍注目の的となっています。
こうした自由な発想の先進的な女性たちの出現もあり、一般女性のよそおいも、伝統的な様式美から個性美へ向かい、昭和初期からはさらに自由におしゃれや化粧を楽しむ意識が広がっていきます。

Image女性誌の表紙を飾る当時最先端の断髪姿の女性/『婦人世界』昭和2年4月号

昭和時代〔戦前〕(1927-1945)、社会は激しく揺れ動き、満州事変、五・一五事件、二・二六事件、日華事変へと戦争の泥沼へと進んでいます。しかし、人々の生活は大正文化を引継いだ「昭和モダン」が時代を風靡。都市部ではダンスホール、カフェ、映画館が建ち並び、新宿など新しい盛り場が賑わっています。化粧文化の面でも、健康、自然美に加えて、個性美がうたわれた時代でした。
女性たちは、化粧・美容や髪型、ファッションをどのように表現していったのでしょうか。今回は「昭和時代〔戦前〕の女性たちと化粧文化」についてお話しましょう。

【1.昭和時代〔戦前〕の美容法】

○現代美容の幕開け

働く女性の増加にともない、婦人雑誌では「職業婦人と美容法」などの特集が組まれ、美容本や雑誌に女優や美容家による化粧方法(テクニック)の記事が増加。美しくあるために美容時間をもつことが大切としながらも、「5分間化粧」のフェイスケアやメークという働く女性向けのスピード美容を提唱する女性美容家も登場しています。
アイラッシュカーラーや睫毛墨(マスカラ)など、現代に続くメーク法が登場するのもこの時期。ハリウッド映画の流行で、女性雑誌にも海外の女優たちが登場、憧れの対象となりメークのお手本に。まさに現代のおしゃれ感や化粧法に通じる美容法がスタートしたのです。

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