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新・日本のやさしい化粧文化史

古代、化粧のはじまりから美白ブームの平成まで、日本の化粧の歴史・文化を辿るコンテンツです。

第43回 昭和時代〔戦前〕-2 自由に個性美を表現する化粧へ<現代美容の幕開け>

関東大震災を契機に、日本は更に近代化への歩みを進めていきます。昭和初期には女性たちの社会進出も増え、会社の事務員、タイピスト、バス車掌、美容院、デパート店員など、さまざまな分野で活躍するようになります。東京では丸ビルなどのビルが建ち並ぶオフィス街に通勤する女性が増えて、都市部に登場した「職業婦人」や「モダンガール」と呼ばれる女性たちは、おしゃれにも積極的でした。それまでの儀礼・マナー重視のよそおいから個性を表現する自由なおしゃれを楽しみ、そして定着させていきます。今回は、昭和の女性たちが取り入れていった「昭和時代[戦前](1927-1945)美容法」についてお話しましょう。

【1.注目される美容家】

昭和時代にはいると、働く女性の増加を背景に、美容本や雑誌には新鋭の美容家による化粧方法(テクニック)が次々と掲載され、新しい化粧法の情報源として注目され、話題となっています。当時の美容家と発行された美容本をいくつかご紹介しましょう。

〇早見君子著『新化粧法・整容医学』(昭和2年) 

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美容家の早見君子による美容本『新・化粧法・整容医学』表紙

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画家でもあった早見君子は、イラストや写真を使用して新しい美容法を解り易く提唱した(素顔‐旧式な髪とお化粧‐現代的な髪とお化粧の写真対比)/『新・化粧法・整容医学』

美容家の早見君子は画家でもあったので、この著書で、化粧の目的は「美しくなるにある」として、顔の皮膚を塗りつぶす人形のような美しさは真の美とは言えない。「与えられた自然に逆らわず、いきいきした個性美を発揮させる事が真の使命であり意義であります」と言っています。
個性をいかすメークについては、「個性の十分に出た顔、知識的な顔が、今日の顔で、必ずしも整った美しい人が美人とは云えない」「少し鼻が丸く、顔が広く目が小さい、などと云う場合は塗りつぶして一種の美人型にはめ込んだものですが、現代は却ってそうした欠点を生かして其の人の特徴とするところに新しい化粧法の生命がある」という意見を表明しています。
この考えをもとに、具体的な化粧法では、丸い顔、長い顔など顔の型や鼻の高い低い、目の大きさや上がり下がりのタイプ別にメークテクニックを細分化して提案しています。

〇『婦人公論大学 美容化学篇』(昭和6年)

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美容本『婦人公論大学 美容化学篇』表紙

この美容本は、「美容法の研究」について、美容家たちが書いた記事をまとめたもので、メイ・牛山、早見君子、大場静子、遠藤波津子、芝山みよかなど当時名の知られた美容家による美容法が1冊の中に集約され紹介されています。記事の内容は、和装向き・洋装向き化粧、和風・洋風結髪、和装着付、洋装の心得、五分間化粧など従来の装いから先端の美容法まで多岐に渡り、世間の美容に対する関心の高さがうかがえます。
この頃になると美容館(現在のエステティック店)主の遠藤波津子をはじめとする美容室経営者などの美容専門家が誕生し次々に実践する最新美容には流行するものも出現しています。美容家が出す美容本は多数出版され、個性美を引き出すバイブルとして女性たちに活用されていきます。

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当時著名な美容家による美容法解説が1冊に集約された美容本『婦人公論大学 美容化学篇』

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