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新・日本のやさしい化粧文化史

古代、化粧のはじまりから美白ブームの平成まで、日本の化粧の歴史・文化を辿るコンテンツです。

第34回 近代化粧の幕開け 明治時代−6 美意識の変革<髪型:日本髪から束髪へ>

明治時代に入って西洋化が推し進められても、女性のほとんどは依然として和服に日本髪が一般的でした。とはいえ、長年慣れ親しんできた日本髪も、様々な近代化、洋風化の動きと共に徐々に変わっていき、ついに新しい髪型が誕生しています。その髪型とは、いったいどのようなものだったのでしょうか?今回は「明治の新ヘアスタイル」についてお伝えしていきます。

左:バッスルスタイルの洋風ドレスを着た上流階級の女性たち/皇國美人鏡
右:鬘附束髪図会/明治時代

【1.束髪の登場】

新ヘアスタイル誕生のキッカケとなったのは、明治16年(1883)に建てられた鹿鳴館に登場した日本女性の洋装姿です。日本政府の対欧米政策による鹿鳴館外交でしたが、上流階級の女性たちがヨーロッパで流行のファッションに身を包み、舞踏会で踊っています。外国の外交官のほかに、招待者は皇族、華族、大臣、次官、知事、豪商などの特権階級の人たち。社交の場で女性たちが身につけた洋装は、腰の後ろをふくらませたバッスル・スタイルと呼ばれるドレス。外国人から馬鹿にされないように流行のドレスを取り入れたものの髪型を洋髪のようにすることまでは難しく、洋装に合うように日本髪を大胆にアレンジした「夜会巻き」が考案されています。こうして新しい発想の“日本髪でも洋髪でもない髪型”である「束髪」と呼ばれるスタイルが結われ始めたのです。そうです、新しい髪型にいち早くチャレンジしたのは上流階級の女性だったのです。その女性たちにとっても、洋装は舞踏会のための社交服であって、それ以上に洋装を取り入れて、着物を着る生活様式まで変えてしまうことはありませんでした。

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