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やさしい日本髪の歴史 世界に誇る日本文化、日本髪についてのやさしい基礎講座です。

第二十回 文明開化と日本髪

時代はいよいよ明治。近代化を目指した明治政府は、あらゆる面で欧化政策を推し進めました。明治4(1871)年には男性に対して断髪令が出されます。「ザンギリ頭を叩いて見れば文明開化の音がする」の句で知られるように、男性の断髪・洋服姿は文明開化のシンボルとなりました。

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江戸時代の丸髷
「江戸名所百人美女 駿河町」三代歌川豊国
安政4年

男性に続いて、翌年には東京で断髪にする女性が現れましたが、世論は女性が髪を短く切ることに対して猛反発。女性の断髪禁止令が出されることとなります。平安時代から連綿と続く、「長い黒髪=美しい」という価値観は、それほどまでに日本人に浸透していたのです。当時髪を切るということは、未亡人になったという証拠か、仏門に入るという印とされていました。
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明治時代の丸髷
「時代かがみ 明治」楊洲周延
明治29〜30年

髪型も、服装も化粧も、女性のよそおいが未だ江戸時代の延長にあった明治時代初期、既婚者は「丸髷」、若い娘は島田髷の一種「結綿(ゆいわた)」などの髪型が結われていました。この頃の日本髪は、全体がこじんまりと引きつめられ、髪飾りも地味なものへと変化していったのが特徴です。江戸時代の日本髪がどんどん豪華さを増していったのに対し、小さく控え目になっていった明治時代の日本髪。ずっと日本髪が主役だった時代の終焉が近いことを予感させます。
女性のよそおいにまで届いた西洋化の波は、いよいよ日本髪を取り巻く状況を一変させていきます。次回更新は10/16の予定です。どうぞお楽しみに。

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