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やさしい日本髪の歴史 世界に誇る日本文化、日本髪についてのやさしい基礎講座です。

第二十二回 廂髪【ひさしがみ】

明治18年(1885)、日本髪より軽く、簡単に結うことができる髪型として登場した束髪は、和装にも洋装にも似合うことから人気となり、大都市から全国に普及していきました。
明治35年(1902)頃になると、束髪に新しい流行が見られるように。新聞に「昨今束髪の新流行は、前髪を四阿屋(あずまや)の庇(ひさし)然と前へのめるほどに突き出したる形なり」と取り上げられるほど、前髪が大きく張り出してきます。入れ髪をしてふくらませた前髪が特徴的なこのヘアスタイルは、「廂髪(ひさしがみ)」と呼ばれるようになります。

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流行の髪として、様々な束髪を描く。右下の女性の髪型は廂髪。「風俗画報」明治41年7月

女学生からはじまった廂髪の流行が一般女性へと広がりピークを迎える頃、巷で大きな話題となっていたのが日露戦争(明治37年勃発)の主戦場のひとつ、旅順の二百三高地でした。なかなか陥落しなかった二百三高地と、髷を高く巻き上げた髪型のフォルムを重ね、廂髪を「二百三高地髷」と呼ぶようになります。
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束髪用前髪入や髪飾りなどの広告
「婦人世界」明治40年6月

明治40年代になると、華やかな飾り櫛や針金製の前髪入れなど、様々な束髪用品が出回ります。当初は日本髪に比べ衛生的で経済的、簡便さを旨としていた束髪でしたが、美しい髪型を求める女性たちは、髪を盛ったり髪飾りを挿したり。しだいに華美な髪型へと変わっていったのでした。
束髪の流行は、どのように展開していくでしょうか? 次回更新は来年1/15の予定です。どうぞお楽しみに。
*日本髪を二百三高地髷に結い直す結髪実演(2017/9/2開催)のイベントレポートはこちら

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