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やさしい化粧文化史 -入門編-

多くの日本女性にとって、毎日の生活に欠かせない化粧。では、いつから私たちは化粧をはじめたのでしょうか。このコンテンツでは、古代、化粧のはじまりから現代まで、女性を魅了し続けてきた化粧の歴史をご紹介します。

健康美を求めはじめた時代 〜昭和初期(戦前)II〜

昭和初期、女性のライフスタイルの変化とともに、仕上がりに合わせてメーク法、メーク化粧品が多様化していったお話を第13回でご紹介しました。では、スキンケアは、当時どのようなことが行われていたのでしょうか。

美しい素肌を保つための洗顔

昭和初期の女性たちにとっても、健康的な素肌を保つために、洗顔は重要なポイントでした。洗顔料には、古くから使われている糠や洗粉も愛用されていましたが、この頃になると石鹸で洗顔するということが普及し、さらに一部では、洗顔クリームが登場してきます。

昭和2年の女性誌「婦女世界」では、美容家によるさまざまなアドバイスや、美容法の解説などを掲載した美容特集号を出しています。それだけ、当時の女性たちが美容に高い関心を寄せていたのでしょう。

その中に洗顔の仕方や注意事項が書かれています。蒸したタオルで毛穴を開いた後、石鹸を使って顔を洗い、ぬるま湯でよく拭うとか、タオルなどに石鹸をつけて、肌をこすっているが、これは表皮を破壊し、肌を疲れさせるのでよくない。また、石鹸ならば良く泡立てて軽く摩擦して使い、洗顔クリームならば手にとってお湯か水に溶かして洗顔する、といったように、当時一般に普及しはじめた化粧石鹸、また、目新しい洗顔料であった洗顔クリームに対するアドバイスが数多く紹介されています。

(上)薬用ポーラ洗顔クレーム/昭和12年
(下)御園石鹸広告/「婦人画報」昭和5年

薬用ポーラ洗顔クレーム/昭和12年 御園石鹸広告/「婦人画報」昭和5年

洗顔後は化粧水とクリームのお手入れが基本に

洗顔後はやはり、洗いっぱなしにせずに、化粧水やクリームを塗って肌を整えていました。
この頃になると化粧水も多くのメーカーからグリセリン性、植物性、油性などさまざまなタイプが発売されていました。例えば、水分を吸収しやすいグリセリン性の化粧水は、外気中の水分をとって肌にうるおいを与え荒れを防ぐとされ、淡化粧下に用いられました。当時の女性たちも、それぞれ肌性や効果、季節によって自分に合うものを選んで使っていました。また、化粧水として昭和初期に流行した商品に、アストリンゼントがあげられます。アストリンゼントは、初めに桃谷順天館から発売されましたが、洗顔後に肌につけると、肌をひきしめ白粉のノリがよくなるとして、夏用の化粧水として人気を博し、さまざまなメーカーから同一商品名で発売されました。

クリームは、明治時代には輸入物が入ってきていましたが、国産のものが出回り、普及しはじめたのは大正時代のこと、またさらに昭和に入ってからは本格的に国内でクリームの製造が行われるようになり、一般に広く使われるようになっていました。
クリームは主に2種類あって、ひとつはコールドクリーム。寝る前に白粉を落とした後、コールドクリームを塗って顔をマッサージしてふき取る。もうひとつは、バニシングクリームで、化粧下地として使い、日中肌を保護する役割をしていました。

(中)美顔マッサージの仕方/「主婦の友」昭和9年
(下)コールド クレーム レート/昭和

ポーラの昭和10年代の化粧品 化粧水「シプレ」「アストリンゼント」、クリーム「ポーラコールドクリーム」他

ポーラの昭和10年代の化粧品
化粧水「シプレ」「アストリンゼント」、
クリーム「ポーラコールドクリーム」他

美顔マッサージの仕方/『主婦の友』昭和9年 「コールド クレーム レート」/昭和

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