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化粧文化Q&A

ポーラ文化研究所にこんな質問をいただいています。

Question 39

女子学生が袴をはくようになったのは、いつ頃ですか?

Answer

もうすぐ卒業式シーズンですね。 袴姿は、卒業式の定番ファッションの一つになっています。 そもそも女子学生が袴をはくようになったのは、明治のはじめに、女学校が開校した頃といわれています。 女学生の制服が、本格的に袴に変わっていったのは1889(明治22)年頃。 華族女学校創設者の下田歌子によって海老茶色の袴姿が考案され、世に送り出されたのです。 この袴は、「行灯袴(あんどんばかま)」「女袴」といって、股の割れたパンツ式ではなく、すとんとしたスカート式に仕立てた袴でした。 それまでの当時の女学生の服装は、着物と帯が一般的だったため、行灯袴は自転車に乗っても裾が乱れず活動的で、機能性と優美さを兼ね備えた画期的なアイテムとして、あっという間に全国の女学校に普及していきました。 束ねた髪&リボン、海老茶袴&編み上げ靴の女学生スタイル。 そうです!あの「はいからさんが通る」でお馴染みのファッションです。 先進的だったがゆえに批判もされましたが、多くの女性たちには憧れの対象として注目を浴びる存在となっていました。 当時は、そんなハイカラ姿の女学生を、平安時代の女流文学者の紫式部と海老茶袴をかけ「海老茶式部」と呼んだそうです。 このようにして、女学生たちは革新的なスタイルで、明治時代の洋装化の原動力となったのです。 女子学生の袴スタイルは、当時の働く女性にも影響を与えるインパクトあるものでした。 現代、卒業式のノスタルジックなファッションとして愛用されている袴スタイルは、実は明治時代の女学生の最先端ファッションだったのです。

左)袴姿の明治の女学生(袴の色は紺、紫などもあった)
右)女学生の袴ファッション(右から女子美術の生徒、音楽学校の生徒、女子学習院の生徒、裁縫女学校の生徒、日本女子大の生徒)
/『画報風俗史』明治40年頃 

次回の更新は3/5の予定です。

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