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新・日本のやさしい化粧文化史

古代、化粧のはじまりから美白ブームの平成まで、日本の化粧の歴史・文化を辿るコンテンツです。

第49回 昭和時代〔戦前〕-8 自由に個性美を表現する化粧へ<髪型-4:パーマネントの普及>

近代ヘアスタイルで女性たちの心をたちまち捉えたウェーブヘア。その技術として永久的ウェーブと紹介され、話題となったのがパーマネントウェーブでした。昭和初期ヘアトレンドの中心となったパーマネントウェーブは、どのように紹介され普及していったのでしょうか。今回は前回からの続き、「昭和時代〔戦前〕(1927-1945)の髪型-4」についてお話しましょう。

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レデヰー美容室 内部。昭和戦前期の美容院の様子。中央に永久ウェーブとして話題となったパーマネントウェーブの施術を受けている女性の姿が確認できる。/昭和14年刊『建築写真類聚 理髪店と美粧院』

【1.パーマネントウェーブの登場・普及】

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レデヰー美容室 外観/昭和14年刊『建築写真類聚 理髪店と美粧院』

パーマネントウェーブは、1906年、ロンドンでドイツ人の美容師カール・ネスラー(後にチャールズ・ネスラーに改名)によって発明されています。彼は、その後、ニューヨークで大成功を収めています。
当初のパーマネントウェーブは仕上げるのに8時間から12時間もかかったうえに、料金も高額であったようで、その当時は、限られたお客様が利用する技術だったようです。

このパーマネントウェーブを早くから日本に紹介したメイ・牛山は、『モダン化粧史』(昭和61年)のインタビューで次のように応えています。
「髪を切れない人も、ウェーブでまとめて、後ろは短く、見たところは断髪のようになっていましたね。パーマは昭和3年ごろから始まりましたが、今のように薬を用いるのではなく、電気の熱でやっていて焼き切れた事がありました。しかし、髪が多く削ぐほどあったので、解(と)かしたらわからないほどでした。」
昭和初期には、外国製のパーマネント機が輸入されていますが、値段が高く、パーマネント機を備えられたのは、数少ない美容院であったようです。
それが、昭和10年頃、山野千枝子によって国産のパーマネント機が作られてからは、全国の美容院に普及しはじめます。当時の料金が1人十円から十五円位とかなり高額であったにも関わらず、どこの美容院でも満員であったといいます。『美容現代史』によれば、パーマネントウェーブが急速に普及した時期は昭和11、2年の頃で、昭和14年には東京でパーマネントウェーブをする美容院は約850件もあり、隆盛を極めていたと書いています。
当初は電熱で髪がチリチリになる、焼け焦げるといったこともあったパーマネントウェーブですが、千年以上続いた直毛文化に大きな変革をもたらした画期的なヘア技術でもあったのです。

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パーマネントウェーブで結った髪の女性/『理容と衛生』(第10巻昭和12年5月号)

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盛況なパーマネントウェーブ技術者の講習会。パーマネントウェーブ機や施術を受ける女性の様子が分かる。/『理容と衛生』(第10巻昭和12年5月号)

【2.パーマネントウェーブの停滞】

ウェーブヘアが流行し、自分に合った髪型のおしゃれを楽しむようになった一方で、社会は次第に戦時色が色濃くなっていきます。昭和12年に日中戦争が起き、昭和16年には太平洋戦争へと拡大。日本社会は、経済が統制され、ぜいたく品が禁止される戦時下の体制となり、パーマネントウェーブは自粛を余儀なくされていきます。

まず、昭和13年、警視庁から東京の業者にパーマネントウェーブを自粛するようにという通告があり、翌14年には、文部大臣を委員長とする国民精神総動員連盟委員会で、「パーマネントウェーブその他浮華なる服装化粧の廃止」という項目があげられて、パーマネントへの非難は強くなっていきます。昭和18年には電力事情が悪化して、パーマネントの電力使用が停止され、パーマネント機も接収されてしまいます。

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銃後髷(昭和)/結髪雛型による再現

こうした厳しい生活の中でしたが、雑誌では、パーマネントや鏝を使わない髪型の「銃後髷」が紹介されています。和服向け、洋服向け、若婦人向けなどのバリエーションや非常時向けに優美でも簡単に結える銃後髷なども紹介されています。

物資不足が生活必需品にも及び、おしゃれをする余裕のない、質素な生活を強いられ生きていくことが精一杯であった戦時下。大正・昭和と続いた近代美容の歩みが止まった時期でしたが、それでも女性たちからは、パーマネントウェーブを望む声が止まなかったといいます。
一時中断した電気パーマネントは、戦後いち早く復活しますが、ヘアスタイルも変わり、パーマネントも技術革新が進んで、新たな技法が主流に変わっていきます。

参考文献
『近・現代化粧文化史年表』/ポーラ文化研究所編
『明治・大正・昭和の化粧文化/時代背景と化粧・美容の変遷』/ポーラ文化研究所編
『モダン化粧史/粧いの80年』/ポーラ文化研究所編
『近代の女性美 ハイカラモダン・化粧・髪型』/ポーラ文化研究所編
『美容現代史』/日本理容美容教育センター
『美容文化論』/日本理容美容教育センター
『現代髪学事典』/高橋雅夫編集 NOW企画
『現代美容読本』/美容の友社
『近代美しき粧ひ』/牛山春子著 岡田文祥堂
『婦人世界』(昭和7年4月号) /婦人世界社
『理容と衛生』 (第10巻昭和12年5月号) /理容と衛生社
『建築写真類聚 理髪店と美粧院』/昭和14年刊

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