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ふしぎな化粧 世界にあったこんな化粧

巨大な髪型

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局地的ブーム

突然ですが1999年頃から2000年にかけて渋谷に出現した“ヤマンバギャル”、覚えていますか?極端なガングロに白いリップとアイメーク、薄茶やグレーに白いメッシュを入れた髪色からヤマンバと呼ばれていました。仲間意識を高めるよそおいが、より強い帰属意識を求めてエスカレート。結局いきつくところまでいったところで終息という局地的ブームでした。

フランス宮廷にも

ヤマンバギャルからはずいぶん時代をさかのぼりますが、ロココ時代のフランス宮廷にも極端なファッションが一時流行しました。1770年代から1780年前後の頃です。当時のファッションリーダーは、おしゃれで有名なマリー・アントワネット。スカートを両脇に大きく膨らませたドレスや、高さがなんと60~90cmにもなる奇抜な髪型が宮廷内の女性たちの間でブームとなり巨大髪型の競演となったのです。

元祖“盛り”は巨大スケール

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1780年代のよそおい
「カイエ・ド・コスチューム・フランセ」

巨大な髪型は、馬や羊の毛でできたクッションなどの上に針金の骨組みを組み立てた土台に、入れ毛やつけ毛をふんだんに使って作られています。仕上げには香油やポマードを塗り、カラフルな髪粉を噴き付け、最後にリボンや羽根、宝石、花などの飾りをつけて豪華な髪型の完成です。奇想天外な髪型を次々考案し作り上げたのはお抱えの調髪師とドレスや被り物、髪飾りなどのデザインをするモード商です。二人が考案したデザインを王妃が気に入ると、瞬く間に宮廷内の流行になったといいます。

束の間に終わる

手の込んだ髪型は、一回作り上げたら何週間もそのままということも。毎日香油を塗るなど手入れをしても臭いや痒みは相当だったとか。象牙や金で作られた頭掻き棒もあったようです。エスカレートして、いきつくところまでいった巨大な髪型は、1780年代「自然に帰れ」というジャン=ジャック・ルソーの思想の影響と、王妃が出産により大きな髪が結えなくなったことから次第にすたれ、自然で小さな髪型になっていきました。

流行の成り行き

流行って普及して定着するものもあれば、流行り廃りを繰り返す周期性のもの、すぐに消滅してしまう一過性のものと様々。今どきの髪型は作りこみすぎないふんわりナチュラルヘアがブーム! 辿り付く先はゆるふわ文化として定着なるか、それとも一過性でついえてしまうのか、果たして?
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